右上のプロフィールに書いてある通り、私は解離性健忘障害を患っております。簡単に説明しますと、解離性健忘障害とは解離性障害の一種で、物忘れでは説明が出来ないほどの記憶が欠落する事です。解離性健忘障害の中でもいくつかカテゴリがあるのですが、私は局限性健忘と選択的健忘に当てはまります。局限性健忘は数時間〜数日という一定期間で記憶を失う症状で、選択的健忘は思い出したくない記憶だけを失ってしまう症状です。今回の記事では後者の選択的健忘の方を綴ろうかと思います。
私は幼少期〜小学校5年生頃までの母親との記憶が一切ありません。幼稚園〜小学校の頃の母親以外の記憶は欠落している部分もありますが、辛うじてあります。ただ、遠足でどこへ行ったのか林間学校、修学旅行、誰と仲が良かったのか等は覚えていません。最近、地元の友達との交流があるのでその際にそれとなしに聞いて「あーそうだったんだー」と心で頷きながら話を合わせている状態です。
話を戻しまして、母親との記憶が無いというのは、小学5年生頃までの間の母親の映像が出てこないのです(脳内の映像)。映像が出てこない=その頃の母がどのような人だったのか知らないのです。妹に聞いてみたところ怖かったそうです、父に聞いてみたらその頃の母は特に精神不安定だっとか。私が3歳くらいの頃、母が泣いている私を思いっきり叩いている所を父は目撃し止めたという話を聞いた。たまたま父が目撃していたから止められたものの、普段父は仕事に忙しい為、母に何をされていたのか分からない。何をされていたのか、されていなかったのかすら分からない。
虐待とまではいかないだろう。昨今では幼児虐待ニュースが頻繁に取り出されていて、内容を伺うと我が子を放り投げただの煙草の火を押し付けただの。恐らくその域には達していないと思う(思いたい)ので虐待をされていたとは思わない(思いたくない)。事実は闇に葬られた状態ですが。
医師曰く、何かすら原因があって思い出したくないから記憶が欠落しているので、無理に思い出そうとしない方が良いとの事。しかしながら、やはり気になるので昔のアルバムをめくってみる。長女という事もあってか、私の写真は妹よりある。勿論、母と映っている写真も沢山あるが、それらの写真を見ても脳内映像は出てこない。それどころか、その頃の自分は自分ではないような気がするというか、他人を見ているような感覚に襲われる。幼少期のビデオテープもあり、一通り見てはみるもののやはり覚えていない。
母との記憶が無いという事に気付いたのは、結婚式で両親への手紙の内容を考えている時に気付きました@スタバにて。両親への手紙の大半が、小さい頃**してくれてありがとう、など昔を振り返り感謝を述べたりするのが多いかと思います。私もそれにあやかろうとスタバでペンを握り昔を思い出そうとしてみたら、母との記憶が無い事に気付いたという次第です。何故今までその事に気付かなかったのかというのと、記憶が無いという事に心で慟哭すると共に愕然としました。
解離性健忘の方で昔の記憶を急に思い出したという方もいらっしゃるようです。私もいつか思い出せるのかなぁ?思い出してみたいものの、それと同時に怖いという気持ちもあります。
母親との記憶がある方(が大半かと思いますが)、それは当たり前のようで当たり前ではないかもしれません。母親に限らず父親、友人などの記憶。私もそうですが、当たり前の事ほど意外にも放ったらかしにしがちだと思うのです。そしてその当たり前を失った時、後悔すると思うのです。ですから当たり前の事、若しくは簡単なこと程大切にしていって欲しいと思います。私はこの病気に気付いてからそれらを大切にしようと心掛けています。意外と大変ですが。
後半、タイトルから脱線してしまいましたがこんな感じです。

